K COFFEE|ケーコーヒー(奈良県・大和郡山)「コーヒーが特別じゃなくなる場所」森和也氏の語る“ちょうどいい一杯”

PostCoffeeがみなさんのもとへお届けしているコーヒーに、ひとつとして同じものがないように、コーヒーの味わいを司るロースターたちの人生や価値観も、またそれぞれ。全国各地の個性豊かなロースターたちに取材を行う本企画では、コーヒーとの出会いやこれまでの人生、さらには今後のコーヒーとの向き合い方などについてインタビュー。今回は、奈良県大和郡山市にある「K COFFEE(ケーコーヒー)」のオーナーバリスタでありロースタリーの森 和也氏のもとを訪れた。

K COFFEE(ケーコーヒー)の店頭でドリップする森 和也氏

奈良盆地の北部に位置し、郡山城の城下町として栄えた奈良県大和郡山市。毎年夏には「全国金魚すくい選手権大会」が開催される金魚の名産地としても知られ、市内には佐保川や富雄川が流れる、水質や水利にも恵まれた場所。そんなのどかな町でコーヒー豆と向き合っているのが、「K COFFEE」のオーナー・森 和也氏。縁もゆかりもなかったこの場所で、いまや全国にファンを持つコーヒーショップを手がけるまでに、どのような軌跡を歩んできたのだろうか。

幸せな時間・空間がつくりたくて。
その原点にあるのは、お好み焼き?

「自分の過去をさかのぼると、実はコーヒーに興味があった時期って思い当たらないんですよね。特に意識もしてこかなったというか。もともと何かに没頭したり、やりたいことがあったりするタイプでもなくて。強いてあげるとすれば、もともとはお好み焼き屋さんをやりたいと思っていました」

その原点はコーヒーショップではなく、お好み焼き屋さんという意外な告白からはじまった森氏のインタビュー。出身は大阪の京橋で生粋の大阪人。御多分に洩れず“粉もん”大好きな森氏は、好きが高じてチェーン店のお好み焼き店に5年ほど勤めていたと話す。

「実家に鉄板があって、じいちゃんもばあちゃんも家族みんなで集まって、お好み焼きを焼いて食べるっていうのがすごく好きな時間でした。ザ・大阪って感じのその時間は、ある意味で自分にとっての原風景というか、すごくいい思い出になっているんですよね。そういう時間をお客さんに提供できたら素敵だなと思って、若い頃はただ漠然と将来はお好み焼き屋さんしたいなと思っていました。それに、もし自分がお店を出したら店番を親父らにまかせて、いつでも遊びに出かけられるんかなっていう思いもありましたけど(笑)」

「ふと幸せだなと思える時間とか、なんかいいなって思える瞬間はすごく大事にしているし、そういう時間を提供したいという気持ちは今も変わっていません」そう続ける森氏。あくまで「結果としてそれがコーヒーになった」というが、現在の拠点である大和郡山市に拠点を構えるまで、さらにはショップをオープンするまでにはどのようなストーリーがあるのだろうか。

自己流から自己研鑽を重ね、
手探りで掴んだロースタリーの道

森氏が大和郡山市にやってきたのは2010年のこと。アパレルの仕事をするご家族の仕事の都合や育児の都合などから、思い切って奥様の地元であるこの地へと移住。主夫として家に入ることになった森氏のライフスタイルも大きく変化し、時間の余裕ができたと同時に「何かをはじめなければ」という焦りのような気持ちも生まれたという。

「当初は育児をしながら妻の仕事のサポートをしたりもしていたんですけど、ある日妻から『自分で何かやりたいことがあれば挑戦してみれば?』って提案してもらったんです。とはいえ奈良に移住してからは人脈もなく、日中だけ働けるお好み焼き屋さんも見つからなかったので、その頃飲めるようになったコーヒーの世界に思い切って飛び込んでみたのが、現在に至るきっかけです」

ハンドドリップの様子

コーヒーが嫌いだったのではなく「飲めないと思い込んでいた」と笑う森氏。以前口にした缶コーヒーが身体に合わず、体調を崩してしまったこともあり、自然と距離を置いていたのだとか。

「ここに引っ越してきて、妻に連れて行ってもらったカフェでたまたま頼んだコーヒーを口にして『あ、自分はコーヒー飲めるじゃん』って気づきました。そこから一気にコーヒーにのめり込んでいくんですが、そのときは、これまで接してこなかった分コーヒーについて何も知らないし教えてもらおうかな、くらいの軽い気持ちでした」

そこから森氏は怒涛の勢いでコーヒーの知識を身につけることに。はじめは奈良県内で自家焙煎を行う個人のロースタリーのもとで、弟子入りのようなかたちで実践的にノウハウを会得。店舗があるわけではなく、イベントなどに出店して個人でコーヒーを淹れているようなスタイルだったため、その方が出展するイベントに顔を出して話をさせてもらったりすることからスタートしたそう。

「最初にコーヒーの淹れ方や手網(ぎんなん炒り器)をつかった焙煎方法などを教えてもらいました。自分で焙煎したコーヒーを淹れると、市販のものよりもコーヒー豆が膨らむし、味も香りも美味しいし、全然ちがうものに感じられるのがとにかく楽しかった。時間だけはあったので、ひたすら手網で焙煎の練習やドリップの練習を繰り返していましたね」

とはいえ自己流には限界があり、勉強も兼ねて近所のカフェで働いてみようと思い立った森氏。外資系の大手チェーン店でアルバイトをはじめたものの、徐々に自身の考えとのギャップに悩まされるようになったとも。

「アルバイトをする前は『コーヒーは鮮度がいちばん』と教えてもらっていたのに、そこでは『うちが扱う豆がNo.1だ』と教えられつつも、現場ではいつ焙煎したのかも分からないような豆を使ったりしていて。衝撃を受けましたし、意見の食い違いもありましたね」

「ネガテイブになっていてもしょうがないし、学べる部分は学んで自分の身にしてやろうと、自分ができることを見つけながら業務にあたっていました」、そう振り返る森氏。約2年半携わった業務のなかで最も大きな収穫は、コーヒーとの向き合い方がほぐれたことだと話します。

「コーヒーについて教わりたての頃は、お砂糖もミルクも入れずに飲むのが正しい、本来の味をそのまま堪能すべし! くらいに考えていましたけど、今では自由に好きなように飲む方が美味しいと思うようになりました。コーヒーとはこうあるべき! みたいな固定概念はなくて、自分のなかでも常々変わっています。もっというと、みんなの好きにすればいいし、それぞれのスタイルで楽しむべきだと思うんですよね。いまの自分はそれがコーヒーのいちばん美味しい飲み方だと思うし、いちばん楽しめる方法だと思っています」

自分の思う「美味しい一杯」を伝えたい。
独立への決意と、理想の場所との出会い

「これまでコーヒーに触れてこなかった分、とにかくたくさんのお店のコーヒーを飲んで知識を増やした。そのうちに、自分が美味しいと思うコーヒーを自分のお店で出したいという気持ちが芽生えた」という森氏が独立を意識したのは、チェーン店でアルバイトをはじめて2年程が経った頃。いざ独立しようとも、自分の手が届く範囲で自分でできることをやるしかない状況だったと振り返る。

「予算もなく、店を借りて誰かに改装してもらうことなんか考えられませんでした。ましてや自分の性格的に、お金の勘定やら経営設計なんてもってのほか。妻からお金を借りるためのプレゼンもできない状態でしたし(笑)」

子育てと並行してカフェ経営に取り組むこともあり、家からいちばん近い商店街で「どこか空いている物件ないですかねぇ」と世間話をする感覚でリサーチをしていたある日、たまたま商店街と商工会、そして近隣の女子大とで展開するアンテナショップに出会うことに。そこで開いた週末カフェこそが、森氏が独立してはじめてオープンしたショップとなる。

「子育てと並行して週末カフェでのんびり働きながら半年くらい経ったとき、地元で『奈良・町家の芸術祭 はならぁと』というアートイベントが開催されました。その一環として地域の空き家を使った施策があるのですが、たまたま今のお店になったガソリンスタンドがアートの展示会場として使われていたんですね。ガソリンスタンドの一角にある8畳くらいの小さな事務所で、その空間を見たときにビビッときたというか、自分にとってすごく使いやすそうというか、直感的に理想的なスペースに思えたんですね。そこでコーヒーを淹れさせてほしいとお願いしてイベント開催中だけコーヒーショップをやらせてもらうことになったんですが、ご縁があっていまもそこが自分の拠点になっているという、不思議な巡り合わせで『K COFFEE』をオープンするにいたりました」

K COFFEE(ケーコーヒー)」の店頭で豆を挽く森 和也氏

2014年にオープンした森氏の店「K COFFEE」は、古く趣のあるガソリンスタンドをそのまま活かした、焙煎所を兼ね備えた街角の小さなコーヒースタンド。扱う豆はスペシャルティコーヒーのみ。淹れたてのハンドドリップのコーヒーと豆の販売を行っており、シングルオリジンにエスプレッソ、さらには子どもたちでもが飲めるキッズカフェオレを提供するなど、子ども思いの森氏らしいラインナップが魅力。そんな森氏へのインタビューで繰り返し耳にしたのは「気取らないで楽しめるコーヒー」、そして「誰でも美味しく淹れられるコーヒー」という言葉だった。

「K COFFEEは決して特別な店ではなく、ここでしか飲めないコーヒーを提供しているわけでもありません。理想のあり方としては、何となしに淹れて、何となしに飲んだら美味しいコーヒーでありたい。こうやってこう淹れなきゃ! ではなくて、肩肘を張らずに軽く楽しめて、ちゃんと美味しいコーヒーを提供することこそがこの店の個性だと思っています。強いて店でこだわっている点を挙げるとすれば、良い豆だけを使っていることでしょうか。ネガティブが出ずにボディがしっかりしていて、すっと入って甘味で消えていく、そんな味わいが魅力です。でも、“K COFFEEがどういうコーヒーなのか”は、お客さんに決めてもらいたい。店がこうこだわっているからとか、こういうコーヒーだからと押し付けるのではなくて、お客さん自身が判断して、勝手に店のイメージをつくっていってもらいたい。好みの濃さとか好きな飲み方も人それぞれなので、自分の楽しみ方で自由に飲んで欲しいですね。そういう意味では、お客さんに安心して委ねられるコーヒーです」

コーヒーの楽しみ方は本来もっとシンプルなはず。
難しくとらえず、もっと気軽に向き合ってほしい

もっと気軽に自分の楽しみ方で自由に飲んで欲しいという森氏の思いは、お湯に浸けるだけで本格コーヒーが淹れられる「ちゃっぽんコーヒー」や、オリジナルの味を簡単に楽しめる「K COFFEEはじめましてセット」など、K COFFEEの製品そのものにも表れている。2021年10月には奈良県北葛城郡広陵町に2店舗目となる「K COFFEE モリ ロースタリ」をオープンするなど、順風満帆に拡充を続けるK COFFEE。多くの人びとに支持されている所以は、コーヒーにくわしくない人びとに対して敷居を下げ、老若男女誰もがコーヒーを楽しめるように裾野を広げようとする森氏の姿勢にあるようだ。

「コーヒーって気難しく淹れないといけないような側面があって、自分はそこに対してずっと疑問を抱いてきました。あまり上手に淹れられなかったときに、自分の淹れ方を攻めてしまったりね。でも、そんなことはしないで欲しい。そもそも美味しく出ない豆もあるし、コーヒーを難しくとらえているからこそ、楽しめていないような状況もあると思う。その点、うちのは本当に気軽に楽しめる。唯一お願いしていることは『豆のグラムだけは測って淹れてね』くらいです。コーヒーって突き詰めると、ネガティブを探してしまいがちなものかもしれませんが、ここが美味しかったとか、この豆の香りが好きだとか、ポジティブな面だけを見て楽しんで欲しいと常々考えています」

「鮮やかよりも、穏やかなおいしさ。特別じゃないけれど、気持ちを豊かにしてくれるコーヒー。そんな一杯を目指してやってきたけれど、最近ではそれだと弱いなとも思ってきていて」と、次に向かうべき方向を模索していると話す森氏。K COFFEEが今後向かう方向についてうかがったところ、次のような答えが返ってきた。

「ずっとコーヒーの仕事をしてきて思うのは、この商売って“こだわっている感“を出さないといけないというか、小難しいことを言ったもん勝ちみたいなところがあるんですよね。標高何メートルにあるどこどこの農園で収穫された豆でとか、こういうプロセスだから美味しいんだとか。それがあまり好きじゃなくて、自分の店では銘柄こそ書いているものの、うんちくを前に出さないようにしています。そこがコーヒー屋としてあまりうまく行っていない所以なんだと思うんですけどね。でもほら、お好み焼きは食べて美味しいかどうかだけが評価軸だから、シンプルにできそうなのが自分に合いそうだなと思って、実は最近ますます気になってます、お好み焼き屋さん(笑)」

【プロフィール】

森 和也/KAZUYA MORI
K COFFEE

K COFFEE(ケーコーヒー)の森 和也氏

1978年生まれ、大阪府出身。奈良県大和郡山市にある「K COFFEE」のオーナーバリスタでありロースタリーも務める。ガソリンスタンド跡地をそのまま活かした趣のあるショップを拠点に、地域の人びとから愛されるコーヒーショップとして、誰でも美味しく淹れられる珈琲豆と、肩肘を張らず気取らないコーヒーライフを提案中。2021年10月には2店舗目となる「K COFFEE モリ ロースタリ」を、奈良県北葛城郡広陵町にオープン。

【スタッフクレジット】
INTERVIEW&TEXT/NORITATSU NAKAZAWA